2026年4月 / JIAM全国市町村議会議員研修、一泊二日の記録
JIAMに行ってきた。
正確には「ようやく行ってきた」が正しい。先輩議員から誘ってもらったのは一度や二度ではなかった。でもそのたびに何かが被った。委員会の日程、地元の行事、仕事の締め切り──言い訳を探せばいくらでも見つかる。兼業議員のスケジュールはいつだって満員電車みたいなものだ。
今回動けたのは、「午駆ける」での学びがあったからだと思う。外に出て人に会うことで、自分の思考の枠がほぐれていく感覚。その繰り返しの中で、「守破離の守をちゃんと見直したい」という気持ちが膨らんでいた。議員として自分がどこに立っているかを、一度きちんと確かめたかった。
── ひかり、で行く
新幹線はのぞみではなくひかりにした。急いで着いてもしかたない旅だし、ひかりには「少しゆっくり行く」という選択をした気持ちよさがある。結果、車窓を眺める時間ができて、これが思いのほかよかった。移動そのものが、ちょっとした準備時間になった。
── 研修所
JIAMの宿泊室は、トイレとベッドとデスクだけだった。余計なものが何もない。「研修所らしい」と思った瞬間、少し嬉しくなった。こういう場所でないと、人は本当の意味で「学びに来た」という気持ちになれないのかもしれない。スマホを置いて、ノートを開く。それだけのことが、普段よりずっとしやすい空気だった。

── 人
研修には北海道から鹿児島まで、全国の市町村議員や職員が集まっていた。みんな先輩で、話が面白い。自分の町の課題を、笑いながら話せる人たちだった。関東の議員、関西の議員、それぞれのやり方を聞きながら、自分がいかに「武豊町の半径」で考えてきたかを感じた。
なかに京都・福知山の市議がいた。西田亮介氏の講演でインターネット選挙の話が出て、後日メールでやりとりをしたとき、「福知山……なんかひっかかるな」と思って調べた。明智光秀が城を築き、治めた町だった。あの場では全然気づかなかった。縁というのは、後から顔を出すものらしい。
研修の内容そのものは、別のページにまとめています。
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── 光秀の、ひかり
翌日、研修が終わると参加者はそれぞれの帰路についた。さっと切り上げてすぐ帰る人と、少し時間に余裕をもって帰る人。私は後者だった。
滋賀の坂本に寄りたかった。坂本城跡を見るためだ。
明智光秀が好きだ。戦略家としての冷静さと、地域経営者としての緻密さと、それでも最後に本能寺へ向かってしまう人間らしさ。そのすべてが詰まった城が、坂本にある──というより、あった。城は江戸時代初期に取り壊され、石垣の多くは琵琶湖の底に沈んでいる。水位が下がる季節には水中から石垣が顔を出すこともあるという。いつかその光景を見てみたいとずっと思っていた。今回は時期的に難しいとわかっていたが、それでも現地に立ちたかった。光秀がここから琵琶湖を眺めていた、その場所に。
石垣は水の中だった。当然といえば当然だ。それでも湖面を眺めながら「あの下に沈んでいる」と思うだけで、妙に満ち足りた気持ちになった。光秀がここに城を構え、やがてすべてが湖に還っていった。歴史というのはそういうものだ、とぼんやり思った。
4月の琵琶湖は、光が白くて広かった。
── 16時過ぎの武豊駅、そして16時半
14時過ぎには武豊に戻るつもりだった。ところが電車が遅れた。乗り継ぎが崩れて、武豊駅に着いたのは16時を過ぎていた。すぐ帰った組はこの遅延を受けていない。余裕をもって帰るつもりが、結果的にいちばん時間がかかった。
帰り着いてすぐ、会派あさひの政策提案の約束があった。16時半の約束だった。駅を出て、走るほどでもないが早歩きで向かって、ギリギリ間に合った。

研修所で守破離の守を見直して、坂本城跡で光秀の城を想って、琵琶湖のひかりを浴びて、遅延に巻き込まれて、そのまま政策提案の場に滑り込む。なんとも締まりのない一日のようで、自分にはちょうどいいテンポだった気がしている。
いろいろ見直すつもりで出かけた旅だったが、帰りの車内でぼんやり思ったのは「知るには、外に出るしかない」ということだった。
また行こう、と思っている。次はのぞみでもいいかもしれない。












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